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東京高等裁判所 昭和27年(う)1339号 判決 1952年6月23日

控訴人 原審弁護人 青柳盛雄 竹沢哲夫

被告人 李在本

弁護人 竹沢哲夫

検察官 横川陽五郎関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人竹沢哲夫作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、これを本判決書末尾に添附しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。

第二点について。

記録に依ると被告人に対する本件起訴状には、公訴事実として被告人は法定の除外事由がないのに第一、昭和二十六年十一月五日頃東京都墨田区横川橋一丁目八番地金万石方においてフエニルメチルアミノプロバン塩酸塩を含有する覚せい剤一立方糎アンプル入約百本を製造し、第二、同月六日頃同所において同様の覚せい剤一立方糎アンプル入約二百本を製造し<第三、省略>と記載されてあり原審検察官は原審公判廷において起訴状記載の第一、第二の公訴事実を陳述し原審弁護人の求に依り本件覚せい剤製造罪の既遂の時期はアンプルに覚せい剤を詰めたときであると釈明したのに対し原審弁護人は粉末を蒸溜水に入れ溶解したときに同罪の既遂となり従つて公訴事実第一、第二は包括一罪であると述べたことを認めることができる。しこうして原判決は公訴事実第一、第二に対し被告人は法定の除外事由がないのに第一、昭和二十六年十一月四日頃東京都墨田区横川橋一丁目八番地金万石方で一立方糎アンプル入約三百本に相当する量のフエルメチルアミノプロバン塩酸塩を含有する製剤を製造したとの事実を認定していること所論の通りであり、右事実は原判決挙示の証拠に依りこれを認めることができるのであるが、右原判決認定の事実は公訴事実第一、第二と同一性を有する事実と認められるのであるから審判の対象となる事実であり、しかも公訴事実に示された訴因並に罰条に依り限定された審判の範囲を逸脱したものと認められないのである。蓋し原判決が公訴事実第一、第二に対し判示第一、の事実を認定しているのは判文と挙示の証拠に依り明らかのように覚せい剤製造罪の既遂の時期について、起訴状に示された検察官の見解と異なる見地の下に、事実を認定したことに依るものであつて、すなわち、同罪の既遂の時期は、原審弁護人の主張したように、被告人が殺菌した水道の水にメチルプロバミンとカフエン、及食塩を一定の割合に加えて溶解したときを以つて既遂の時期とした結果、判示第一、の事実を認定したものであることが認められるのである。かかる原判決の認定は何等被告人に不利益を及ぼすことなくしての法律上の見解を起訴状記載の公訴事実に示された検察官のそれと異にしたに過ぎないもので、しかも原判決の右既遂の時期についての法律上の見解は相当であると認められるのである。しからば原判決が公訴事実第一、第二、に対し判示第一、の事実を認定した理由を特に判文中に明示するところがなかつたとしても、前記のように判示事実と挙示の証拠によりその理由を知ることができるのであるから、これを目して所論のように理由不備ということはできないし、又被告人が判示覚せい剤を製造した方法は特に判文中に具体的に示さなければならないものではなく、その挙示する証拠によりこれを知ることができれば足るものと解すべきであり、その挙示する証拠に依ればこれを知るに難くないのであるから、原判決が被告人の判示覚せい剤製造法を具体的に判文中に示さなかつたとしても、これ亦所論のように理由不備の違法があることにはならないのである。それ故原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穗 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第二点原判決には理由を附さない違法がある。(理由不備)

(1) 原判決は第一の事実に於て被告人は「……フエニルメチルアミノプロバン塩酸塩を含有する製剤を製造し」たと認定した。

(2) しかしながら、有罪判決には罪となるべき事実を認定しなければならず(刑訴法第三三五条)その罪となるべき事実の記載にはその日時場所方法等を特定してこれをしなければならぬことは刑訴法第二五六条に徴して明らかである。すなわち若し、起訴状においてその訴因記載につき日時場所方法の特定を欠くならば、公訴提起の手続がその規定に違反したものとして(刑訴法第三三八条四号)公訴棄却を免れず、従つて裁判所は日時場所方法を以て特定された訴因について審判し、判決をするものだからである。

(3) 原審記録によれば検察官は三箇の訴因を特定して公訴を提起したものであることが明瞭である。起訴状第一、第二の事実は検察官が覚せい剤の「製造」をばアンプルに覚せい剤溶液を詰めた時を以て既遂に達するとの見解の下に起訴したことは公判廷において弁護人の釈明要求に応じてなした検察官の釈明によつて明らかである(十四丁)。これに対し、弁護人は「製造」は粉末を溶解して溶液化した時を以て既遂に達するものであるから起訴状の訴因は元来一ケの行為を二ケにした誤りがあり、しかも製造に関する証明はないから被告人は所持の一罪を以て処断さるべきものであると抗争したことが認められる。(五八丁)

(5) 原判決は結局、起訴状第一、第二の事実を一ケの行為と認定し「フエニルメチルアミノプロバン塩酸塩を含有する製剤を製造し」たとして弁護人の主張を一部容認したかの如く見られるが、検察官の二ケの訴因について一ケの事実として認定した根拠については特に何らふれていない。

(6) 原裁判所は「製造」の何たるかについて判断を示さぬばかりか、「製造」行為の方法については一言も触れてはいない。ただ単に「製剤を製造した」というのみである。(これは製造について自白を補強する証拠なきことも示している。第一点参照)

(7) 原判決は罪となるべき事実を特定する方法を明らかに示しておらない。結局、理由を附さない違法があり破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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